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エハン・デラヴィのリモートヴューイングセミナー

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エハン・デラヴィのリモートヴューイングセミナー が、 各地で開催されます! 以下URLから詳細ご覧下さい。 http://www.maca-pro.jp/RV22013-matajuro88 (5次元世界への超扉/エハン・デラヴィ(2007年12月31日初刷)) リモート・ヴューイング の本来の目的は、多次元意識にアクセスするためではなくて、 シンクロニシティ(共時性) のメカニズムにアクセスするためです。 リモート・ヴューイング を行うと、かなり シンクロニシティ に敏感になります。 つまり、 思い込み をすぐに外せる自分になれる。ターゲットにアクセスしたときとアクセスしていないとき、ノイズとシグナルの違いがわかる人間は、シンクロニシティを理解するようになります。 独立個人とは、(中略)簡単にいえば、つぎのような意識を持つ人のことです。 ・自分の本来の姿に目覚める。 ・自分がキリスト。 ・神に従い、人間には従わない。 ・宇宙の意志に委ねる。 ・自分の考えを持ちながらも、「自分って何?」を常に自問自答する。 ・国家に所属しない意識。 ・人生におけるすべてのできごとは自分自身の反映であり、自分の責任だと認知する。 ・人に依存せず、安易に他人に導かれない。 ・人生は究極のスピリチュアル冒険としてとらえる。 自分の毎日の体験はすべて心の働きであり、それこそ般若心経の世界、仏教の世界です。 病気も、事故も、不幸も含めて、起こることは、すべて自分の心の反映です。 偶然は、まったくありません。 シンクロニシティ とは、そういうことを常に意識することです。 以上。 にほんブログ 村

単なるプロセス

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この経験があってこそ、次の経験に繋がり、ハッピーな結果に繋がる。 だから、今がどういう状況であろうとも、それは単なるプロセスに過ぎないのだから、プロセスを結果と混同しないようにしたほうがいいよね。 よりよい結果を意図してる限り、そのためのプロセスに過ぎない。 それは僕らには想像がつかないようなプロセスの場合もあるだろうけどね。 宇宙を、高次の自己を信頼しよう。 もちろん必要だと思う行動は起こすという前提でね。 とにかく起きることに無駄はない。 起きることしか起きていないんだ。 自分の起こした行動が前に進むことが無かったとしても、これがキッカケで起こす別の行動があって、それが幸せに結びつくのかも知れないよ。 何があろうと幸せになるプロセスの一つに過ぎないのだ。 一歩一歩、着実に進んでいる証拠だ。 だから、何があっても大丈夫なのだ。 以上。 たまにはこんな感じもよいよね♪ にほんブログ 村

先日の親子コラボ講演会 悟りについて の音声

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先日の「3/17(日) 親子コラボ くうちゃんとじゅえるんのトークライブ♪ 悟りについて」の音声です。 興味ある方はどうぞ♪ にほんブログ 村

目標に対するプロセスに予想と違っ た動きがあった場合

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頭では理解していても、忘れがちなのだが、 目標に対するプロセスに予想と違った動きがあった場合 、そこで ネガティブな意味付けをするのではなく (スパルタな旅が好きなドMな人はどうぞ)、 より明るくポジティブな意味付け をしたほうがいい。 何故なら、それはつまり、 自分が創造(現象化)する内容とイコールだから だ。 忘れがちだし、僕も一時的に自我の罠に落ちて、それに気づき、軌道修正して ゼロポイントに戻す ということがある。 例えば、ある目標があったとして 、それに対するプロセスにおいて、 壁 が出現したとしよう。ありがちなのは、 「目標に無理があったのか?」 とか 「まだまだ難しいのか?」 と思うことだろう。 もちろんピンチをチャンスと捉えて行動する人もいるだろう。ここで僕が言ってるのは、 ピンチとさえも思わない ということだ。そう頭を切り換えればいい。 「壁が出現」と言ったが、「壁」とさえも思わない。 その出来事に対面してニヤリと微笑み、 「この出来事は、目標のために必要不可欠なプロセスだ。」 「この出来事があるからこそ、先に進めるのだ。」 と僕は言うだろう。 その出来事があったおかげで、 自分が起こすアクションが、実は大切 だったりする。 ※アカシックで起こる可能性の高い未来の幸せを知って安心し過ぎて、起こすはずだったアクションを起こさずに、未来の幸せが実現しなかったという例もある(如月マヤさんの著作で読んだ)。 だから、 「ああ、あの時、あの出来事が無ければ、あの僕の行動はなかった。そうなると、この目標達成も無かったか、または違ったものになっていただろうな。」 と思うことだろう。 そんなわけで、起きる出来事にいちいち一喜一憂することなく、いや、喜ぶのは喜べ。極端に憂う必要はないということだ。 憂うことで次の行動に繋がるわけだから、多少の憂いは必要だが、深刻になる必要はまったくないということだね♪ 神はふたつの判断 -よいと、とてもよい- しか持ち合わせていない。神にはそれ以外の判断は存在しない。(時を超える聖伝説/ボブ・フィックス) 良い悪いという次元で考えてはいけない。常に「良い」か、「もっと良い」かという次元で考えなさい。「悪い」は捨てることだ。マインドの中で、それにどんな地位も与えてはならない。常に...

瞑想中に真っ白な光

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先般、 空体験 (?)と思われることを書きましたが、それより数週間前に 瞑想中に真っ白な光 を見ました。 今までも瞑想中に真っ白な光を何度か見てますが、その時の光は、それよりも 眩しく 、かつ 純粋 で、 至福 がそこにはありました。 色も今までの白色よりも、さらに真っ白という感じで、 純粋なエネルギー 、、、赤ん坊ってこんな感じだなーと思うようなエネルギーでした。 昼間でしたが、目を開けるよりも眩しい光。しかし心地良い。 そのことをツイートしたところ、やはり同じ経験を経て悟った方々がいて、そして、ああ、その後の空体験に繋がったのだなーと思いました。 もっとも、あくまでも「体験」に過ぎず、 状態として継続することが大事なのだろうと思っていますけどね。 今後、どんどん悟る方が増えてゆく気がしますね。 にほんブログ 村

3/17(日) 親子コラボ くうちゃんとじゅえるんのトークライブ♪ 悟りについて

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お友達のトークライブのお知らせです。 以下コピペしちゃいます♪ ちなみに、 それぞれのブログは以下です。 空次元(くうじげん) さん http://blog.goo.ne.jp/kuujigen じゅえるん さん http://blog.goo.ne.jp/tamago0927 以下、トークライブの件、コピペしますね。 http://blog.goo.ne.jp/kuujigen/e/519a44a5dfb2b035a0f8d70ae7aca6dc  より ☆☆☆   この度、私達親子でトークライブを開催することが決定致しました!  【内容】 親子コラボ くうちゃんとじゅえるんのトークライブ♪ 2008年に悟ったくうちゃんと2010年に悟ったママじゅえるん。 二人の日常会話は「ど・スピリチュアル」そんな親子の会話を皆様にお届けします。 第一回目は悟りについてお話致します! 【開催日/時間】2013年3月17日(日) 14:00開演(13:30開場)~16:00終了 【会場】三鷹産業プラザ 701会議室(藤) 東京都三鷹市下連雀3-38-4      (JR中央線・総武線 三鷹駅南口より徒歩約7分)  交通・地図URL http://www.mitaka.ne.jp/corporate/kigyo/access.html 【料金】お一人様 4,000円 (全席自由席) 本日より販売致しております。 下記URLがチケットの詳しいご案内ページです。 http://eplus.jp/sys/T1U89P0101P006001P0050001P002093917P0030001P0006 宜しければ是非、ご来場下さいませ!              Kuujigen と じゅえるん より ☆☆☆  以上。 あ!当日は エハン・デラヴィ さんの講演もあるんです〜。 今回は上記のトークライブのほうに参加しますけどね。 http://www.maca-pro.jp/20130317-2event そして、この3/17という日は。。。。 数字のメソッド/辻麻里子より 3/17はGate#51「思考の壁にひびが入る日」。...

空(くう)体験?

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つい先日、3月4日(月)の午後のことだ。 ツイッターでも呟いたが、いわゆる 空(くう)を体験 したようだ。 ワンネス体験 と いう言い方でも良いのかもしれない。 ツイートした内容をそのまま記す。そのほうが新鮮なので。 「いま瞑想してたら、僕が誰なのか、どこにいるのか、全く分からなくなっていた。すぐに思い出したけど、5-10秒くらいは分からなかったな。」 以下はお友達への返信。 「形さえも分からん感じだった。ただ意識だけがあるというか。」 「体験直後は「???」って感じで(笑)。ありがとう♪ 短かったけど、戻った時のことを今思えば、僕が生まれた時の感覚だったかも。生まれて「あれ?どこ?僕、誰?何??」って(笑)。」 現時点でも鮮明に覚えているのだが、体験中はただ真っ暗なところにプカプカいたという感じで、 ホントに「ただある」状態 。 意識しかない。 この肉体も自我も無い。 この物理次元での記憶が何もないのだ。言い換えれば、 観念が無かった とも言える。 この物理次元での僕ではなく、もっと大きな存在だったとも言える。 それが 「オーバーソウル」なのか「大いなるひとつ」なのか 、そこまでは分からなかった。 だから、ふとその体験から戻ってくると、まず自分が"何"なのかが分からなかった。 すぐに、ああ、そうか、自分の形(肉体)を認識して、自我を認識して、次にここはどこだ?って感じになって、ああ、自宅の居間かな、、、いや、違うな、仕事部屋だ。 そんな感じだった。 今までも瞑想中に無思考になることはあったが、それとは違う。 空の入り口から空に入った感じ。 朝起きた時に、たまに「あれ?ここはどこ?」って時があるけど、その時でも自我を認識してるから、ちょっと違うね。 それで何かが変わったかというと、それはよく分からないが、少なくとも、あー、こういうものなんだー、という体感をしたことがポイントだと思う。 一つだけ言えるのは、眠かったから、左脳で余計なことを考えることもなく瞑想していたという点だ。 思考に邪魔されず、深い瞑想 をしていたことは確かだ。 『つまり、もうちょっと"自分"をやっていたいんです。ここがジレンマですね。だから、「悟りたいわ」と言っても、みんな、自分を失くし...