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2017年3月13日月曜日

エゴ本来の仕事は物質次元での経験を積むこと(「あ、バシャールだ!地球をあそぶ。地球であそぶ。」より。)

「あ、バシャールだ!地球をあそぶ。地球であそぶ。」より。

エゴ本来の仕事は物質次元での経験を積むこと

<質問:日本でも、友達に「もう私がいない」という人がいるのですが、(中略)>

(中略)

エゴには、エゴ本来の働きがあって、エゴが純粋にその働きだけをしている状態を「エゴがない」といっているだけです。実際にはエゴが存在していないのではなく、エゴが本来の働きをしているだけです。エゴの仕事というのは、皆さん一人ひとりが個別の経験を積めるようにすることです。エゴは性格の構造であり、物質次元において経験を積むことを可能にします。エゴの仕事は、これだけです。
エゴに、エゴ本来の働き以上の仕事をさせてしまうと、そのエゴはネガティブなエゴとなることがあります。そのネガティブなエゴを手放すと、エゴがなくなったように感じるのですが、実際は、エゴがエゴ本来の働きをしているので、エゴの存在を感じられなくなっただけです。

エゴを完全に手放してしまうと、肉体次元では存在できずに死んでしまいます。スピリットの次元では、皆さんが理解しているようなエゴではなく、自分自身のアイデンティティは感じられますが、物質次元でのエゴとは違った形で表現されます。

<質問:では、「私はいない」を目指して頑張っている人たちは、そもそも遊び方(ゲームのやり方)が違うということですよね?>

少し違っていますね。本来は、「自分自身の全パーソナリティーとエゴを調和させたら、エゴの感じ方が今までとは違ってくる」というゲームです。




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2017年3月10日金曜日

人生最大の目的は「自分自身に在る」ということ(「あ、バシャールだ!地球をあそぶ。地球であそぶ。」より。)

「あ、バシャールだ!地球をあそぶ。地球であそぶ。」より。



人生最大の目的は「自分自身に在る」ということ



皆さんの人生の目的というのは、可能な限り自分で在ることです。



(中略)



あなたが可能な限り最大限自分自身で在ることで、他の人を助けるのに一番よい状態になっています。自分自身でなければ,どうやって他の人を助けることができるのでしょう。そして、すべての人はつながっているので、人を助けると、自分を助けることにもなります。



(中略)



ですから、自分を愛して、あなた自身で在る必要があります。そうすると、本当のあなたは他者を助けることが出来ます。そして、本当のあなたが他者を助ければ、あなたはすべての人とつながっているので、自分自身を助けることになります。



両方が同時に存在する必要があります。自分に対する愛、そして他者に対する愛、他者への愛、そして自分への愛、これはひとつのコインの裏表です。

これはひとつのイベントです。2つのイベントではありません。

 

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2016年9月16日金曜日

今日でちょうど網膜剥離の手術後1か月

今日でちょうど網膜剥離の手術後1か月です。
先月8/16(火)の夜に都内の某大学病院にて手術したわけです。

20年くらいハードコンタクトレンズを使用していて、ここ6年くらいは眼鏡中心でしたが、「ハードコンタクトレンズが網膜を薄くする」という説があるようです。また「PCや携帯などのブルーライトも網膜にダメージを与える」という説もあります。
うちの親族で網膜剥離になった人はいませんから、これらの生活環境が原因なんでしょうかね・・・。

両目とも飛蚊症の症状がありましたから、特に右眼は1年前という直近でしたから、それが前兆とも言えましたね。。。
近眼の人は網膜が薄くなって網膜剥離になりやすいようです。
眼科検診って大切ですね。

8/12(金)の夜にTVを見ながら軽くお酒を飲んでいたのですが、暑かったので、ほろ酔いを飲んだ後に、お酒のシャーベットを飲んで(食べて)ました。
すると、口当たりがいいものですから、普通のシャーベットと同じような感覚で食べていたところ、そのアルコール度数は5度とはいえ、アルコールと冷たさがダブルで影響を及ぼしたと思われ、キーンと激しい頭痛が!いつもとは違う激痛!
その後、右眼の左下に何やら肌色っぽいものがチラチラ見えます。鼻ではありません。
後で思ったのですが、これは恐らく出血です。。。

かき氷を食べた時にするキーンという頭痛。
その原因は明確には解明されていませんが、以下の説があるそうです。

①関連痛
喉の神経が「冷たさ」を「痛み」だと間違え一種の錯覚が起こっている。

②血管の炎症
急激に冷えた口内を温めるために、一時的に大量に使用するので、この時頭の中で急に血管が太くなり、一時的な炎症を起こし、頭痛を引き起こしている。
http://blog.tanosimujinsei.com/239.html

僕は②だと思いますね。今回の体験から。
どういう影響を及ぼしたのかはハッキリしませんが、お酒で血行がよくなっているところへ、シャーベットの血管への影響で、出血した。そう感じてます。
もっとも、僕の網膜が薄いそうなので、それが根底にあります。
薄くなった原因はハードコンタクトレンズやブルーライトが考えられるわけです。科学的な根拠は無いようですが。。。

その夜は、肌色の何かがチラホラ見えてただけなので、気にせずに寝ました。
翌朝(8/13(土))になっても、状況は変わっていません。
もともと整体に予約を入れてた日なので、隣の駅まで行きました。

整体から帰ってくると、その肌色の何かが黒くなっていることに気づきました。まだ小さいです。
ネットでいろいろ調べて、僕は血が固まったものという判断をしてました。
放っておけば、これは消える、と。

翌朝(8/14(日))、その黒いものは少し大きくなってました。右眼の視野を1/4ほど覆ってます。
しかし、「血が固まったもの」と勘違いしていた僕は、そのまま近くの公園に散歩に行きます。
15時頃に帰宅して、明らかに黒い部分が大きくなっており、右眼の視野の1/2を覆ってました。
お盆の時期ですが、ネット検索で隣駅で診療している眼科を探して、夕方17時頃に受診。

そこで
・網膜剥離
・紹介状を書くから明日の朝一番に大学病院に行って診察を受けなさい
・即入院、即手術になるから、準備して行きなさい
と告げられます。

このお盆の時期なので、診療しているところが限られます。大学病院はお盆でもやってるとのことでした。

そして、8/15(月)朝一番に御茶ノ水にある大学病院を受診。
即入院。
そして急を要する状態ということで、翌日の手術が決まりました。
ほっといたら失明でした。


突然のことで、その流れに身を任せるしかありませんでした。
日曜の夜、及び月曜の早朝のうちに、会社の関係者へメールして、事情を説明し、その間の仕事を託しました。

右眼の左下から拡がっていった黒い部分は剥離した箇所です。
左下に見えてますが、右上の網膜が剥離しています。
もう半分以上見えてません。。。

入院は2-3日か1週間か?と日曜は聞いてたけど、2週間ということでした。
そして、剥離の位置、サイズ的に右眼のレンズ(水晶体)を切除しないと手術出来ないということでした。
これは2重のショックでした。。。

色んなことがリセットされた瞬間でした。

そして、僕は今の自身の仕事のあり方を再考せざるを得ませんでした。
その前提として、僕が思い描いていた目標への道筋自体の変更も意味します。
これは強制的に発動されたイベントだけど、ターニングポイントだ!と。

その当時にFACEBOOK上に投稿した記事があります。
その一部を以下に載せます。


今回のことは、もちろん必然というか、次へと向かうための強制発動だと思いました。眼である必要もあったわけです。
具体的なことも見えてます。まだ右目は見えないですが(笑)。

スパルタ過ぎる現実ですが、それは僕の創造の途中経過として必要なイベントだったのです。
😈
今後が楽しみです♪
2か月後に追加手術をするのですが(網膜が弱くて人工レンズを同時に入れられなかったので。だから右目は退院しても追加手術までボヤッとしか見えない)、それもまた意味があると思います。なんとなく分かってます。色々なタイミングを調整してる感じ。

大きな観念が外れて、新たな道筋が見えてきた、という感じですかね♪

スパルタ過ぎるのは遠慮する!と意図してたのですが、この程度のスパルタさがないと、先に進めなかったのでしょうね。。。

人工レンズが入るまでの2か月間、右目がボヤッとしか見えない分、他の何かがクッキリと見えてくるかも知れません♪

😜

あと、嫁の協力も不可欠でした。
ありがとう♪
😄



8/16(火)入院2日目。手術の日です。
手術は既に他の患者さんたちで予定が組まれていたので、その最後にしてもらえることになったので、何時になるか不明でした。17時くらいかな?という話でしたが、19時過ぎに準備が始まり、手術室へ向かい、ベッドに戻ってきたので、21時半くらいでした。実質的な手技は1時間ちょっとだったかと思います。


手術は局部麻酔で、自分の右眼の中で行われていることが視えちゃいます。
痛みは、、、最初の麻酔注射が痛かった!
僕はまな板の鯉、いや、まな板の出目金みたいな気分で、手足を少しバタバタさせちゃいました。
後は痛いことはなく、最後の縫合で少しチクチクして、最後の点眼でむちゃくちゃ沁みて痛かった!
それですっかり撃沈という感じで、「手術はうまくいきましたよ。終わりましたよ。」とドクターが言ってますが、僕の方は声になりませんでした。

術後、手術室の前でいったん待機(何の待機か知りません)。車椅子に座ってます。
右眼にはガスが入ってます。そのガスが網膜を完全に張り付かせるために働いてくれます。そして、自分はうつ伏せでいる必要があります。食事やトイレ以外は。
僕は待機している時も、顔を下に向けてましたが、うなだれているようにも見えます。
まあ、実際、うなだれてました。。。
そこへドクターがやってきて僕の方に手を置き「ここからが正念場ですからね♪ 頑張ってくださいね♪」と優しい声で言いました。

その瞬間、僕の中で張りつめていたものが切れ、涙があふれました。
もともと痛くて涙目だったけど、さらに痛くなってしまって。

病室に戻ると、嫁が待ってましたが、僕は
「優しい言葉をかけるな。泣いちゃうから」
と言ったと思います。
遅くまで待っててもらって感謝してます♪

また、仕事のあと連日のようにサポートに来てもらって、大変助かりました。
僕一人だけだったら、無理でした。会社の仕事や決算のことで、僕じゃないと出来ないことがあったから。

また、両親と伯母にも見舞いに来て頂き、金銭的な援助も頂き、おかげでかなり出費を抑えられました。

ここの病院のトイレの手洗い場は、感応式だけど、なかなか反応しない。
というか、手を差し出しただけだと反応せず、手を洗うように動かすと反応する。
動くと反応するんだね。。。

宇宙もそう。僕が動くからこそ反応するんだ。
そんなサインを感じたよ♪



術後、3-4日はうつ伏せの指示で、その後は左が下になるように、という指示でした。そして、あおむけ以外はOKになり、今はもう自由です。
結局2週間くらい入院してましたが、最後にドクターから提案がありました。

もともと、網膜が安定してから人工レンズを入れる追加の手術をするという話だったのですが、入院してる間にもう安定してるので、まだ退院しないでその手術を受けてから退院したらどうか?という話でした。

究極の選択でした。
日曜の退院予定が水曜まで延びるけど、金銭的にも手術の面でも合理的だと思いました。
でも、僕の身体は日曜の退院を選びました。帰りたいと泣いていたのです。
なので「わかったよ、もう帰ろうな」と。

入院中は4人部屋で、他の患者さん達のイビキやら何やらで、なかなか夜へ眠れません。それも早く帰りたい理由でした。
術後、入院中、僕の右眼の白目は赤くなったままでした。あまり改善しません。
(もっとも右眼内で出血が見られ、それが無ければもっと早く退院できてたそうです。)
後半は改善していきましたが、僕としては回復の遅さが気になりました。
やはり、睡眠不足、アーシング不足かな?と。


帰宅後、よく眠れました。寝てる時はアーシングもしてます。
目の充血は以前よりも改善スピードが速まったように思います♪
因みに病室はアーシング可能でした。退院直前に気づいた。


うちの会社は10月から忙しくなるし、嫁もお彼岸は忙しいから、僕はその前に追加の手術をしたいと思い、9/8(木)に外来での日帰り手術を受けました。
人工レンズ入れるだけなので、前回と比べたら余裕でしたけど、それでも少しは痛い。
手術当日、翌日は仕事どころじゃなかったけど、どうしても対処しなければならないメールや電話があったりして、それらは対応しました。
結局1件はミスっちゃいましたので、無理してやらないほうが良かったなと。大きなミスではないですが。

入院中、そして現在は、今後のことをちょくちょく考えます。
いろいろやることがあります。会社も移転させます。これがまた大変そう。。。
ここ半年で大きく変わると思います。

人生のターニングポイントって何度かありますが、ここ20年くらいは、そのいずれも体調不良という形で矯正されてました。
今回はとてもキツかった。。。

右眼はもう以前のようには見えません。
歪んで、小さく、細く見えます。
人工レンズ的には手元が見える視力にはなってますが、水の中にいるような感じで、ハッキリとは見えません(レンズではなく網膜の影響です)。右眼だけで読書しろと言われても無理でしょうね。メガネかけると、割と遠方も見えるので、メリットもありましたが。
色味も少し違って見えます。
これらが、いくらか改善されてゆくかも知れませんが、半年とか1年とか、もっとかかるかも知れません。
左右の目の見え方の違いで、最初は頭痛がしてましたが、2-3日で慣れた感じがします。今は頭痛はしません。

小さく見えてる分、視野が狭まるのかな?と疑問に思った時がありました。
最近、余裕が出てきたので、視野を確認すると、右眼の左下に小さいけど見えない部分があることに気づきました。
それは、あの網膜剥離状態で見えた黒いものと同じものです。
右上を見た状態で左下に小さく見えるだけなので、気にはなりません。
これは後遺症なのか、それとも再剥離なのか、ドキドキしますが、気にしないことにしました。
気にしないけど全体的に経過は観察するという感じですね。
万が一、それが大きくなったら、即病院へ行く必要がありますが。

数日前、もう二度と以前と同じようには見えないんだな、とポツリと思った夜、涙が溢れてきました。
もちろん、手術でも頑張った、僕の身体中の細胞たちへの感謝(特に右眼への感謝)がここにあります。
そして「大丈夫だよ」と語りかけます。。。


目に関することだけじゃなく、世の中には様々な障害を持っている方々がいます。
僕が追加手術をする日に病院のTVではパラリンピック開会式を放送してました。
僕が気づかないだけで、街ですれ違う人の中にもいたかも知れない。
そんな人たちに対して、何も知らない僕は、ちょっとしたことだけど危険な目に合わせていた可能性だってある。
「何、ノロノロ歩いてんだ!?」みたいな感じで追い抜いた瞬間とか。
そういう意味でも視野が拡がった気がします。

この間、嫁に元F1ドライバーのザナルディの話をしました。
彼はF1時代は大きな成績は残せませんでしたが(マシンに問題がありましたが)、アメリカのCARTレースでは大活躍して、2年連続チャンピオンになりました。
その後、F1に戻ったものの、やはりF1では成績は残せず、CARTに復帰したものの、大事故で両足を失いました。
しかし、彼はすごいですね。
その4年後にはWTCCで優勝、さらに7年後のロンドンパラリンピックで2つの金メダル、1つの銀メダル。
嫁に話した翌々日だったかな?
現在開催中のリオデジャネイロパラリンピックで、金メダルを獲得したというニュースに触れたのは。まだ獲得するんじゃないかと言われている。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/tsujinohiroshi/20160915-00062195/

「20歳の時なら、メダルに価値を感じていただろう。でも、40歳になると毎日積み重ねてきたことに価値を感じるよ。(中略)実現できない夢を追うべきじゃないのはもちろんだけど、もし地平線が見えるならやるべきだよ。幸せはいつも、コーナーを曲がった先にあるのだから」(アレックス・ザナルディ)

コーナーを曲がった先に!!

不屈の精神というんでしょうかね?
これはまさに自我のパワーなんだな。原動力は自我にあるんだ。
かじ取りは魂にもあったとしてもね。

魂(トライアード)はBeingで、肉体意識(ダイアード、自我)はDoing。

このタイミングで、再びザナルディの報に触れるというのも意味を感じますね。
それは、「それでいいんだよ、行け!」というエール(応援)です。

僕もそういう意味ではコーナーを曲がったところです♪

12月の誕生日で年齢もコーナーを曲がったところになる感じだし。。。

ありがとう♪
 

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2015年10月10日土曜日

昨晩の夢

昨晩の夢。
海沿いの家にやってきた。ここには僕の一族が住んでる。ここは一族共有の大きな家だ。木造だ。
現在は一族のうちのある女性が管理しているが、その時は不在だった。
小さな子どもたちも何人かいた。
家の縁側のすぐ脇が砂浜。目の前だ。
海は綺麗。エメラルドブルー。空は青く晴れわたっている。
すると、波打ち際に大きめの魚影が見える。
浜から縁側にその魚が打ち上げられた。カツオに似ている。
すると、さらに、たくさんの魚影が見える。
そういった魚と、それを狙うサメ。たくさんの魚とサメ。
僕は皆に海に近づかないように注意する。

次のシーンでは、平穏が戻り、海は引き潮になった。
僕の鞄が浜に残ってた。それは縁側から出てる橋から手を伸ばして取れる位置だったが、僕は右足を濡れた浜につけてしまい、右足の裏だけ泥がついてしまった。
そこで、海の方から、海上を浮かびつつ、家の管理者である女性がやってきた。他に数人を引き連れていたその管理者は、日本神話の世界のような服装で、後光を放っていた。
そして「ありがとう」と僕に告げた。
僕の頭には「アマテラス」という言葉が浮かぶ。
そのあと、屋内に入ると、宴会をしているようだった。

そんな夢でした。

ありがとう♪
 

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2015年9月19日土曜日

アファメーション

最近思い出したというか、しばらく忘れてたというか、一時期、何年かにわたってやってたことで、アファメーションのシンボル化というのがある。
ヘミシンクやってる人なら結構普通にやってるのではと思います。

そのアファメーションは、ヘミシンクのよくあるアファメーションに加えて独自の部分を入れてあるんだけど、あくまでもヘミシンクをやるうえでのアファメーションだから、物質世界的な意図は入れていない。
ここ1年ほどシンボル化したアファメーションを虚空に描いていないけど(それは必要性を感じなくなったから)、そういうのを入れ込んでも良いかもな、と思った。

というわけで、昨日、新たにシンボル化した。実感できるような音(音楽)も流しつつね。
もちろん、これは「信じる」ということが大切なんだけどね。

アファメーションと言えば、前にも書いたが、最近よく見かける「宝地図」ってのもアファメーションだよね。
元々、僕の認識では、アファメーションと言えば宝地図のことだった。何故なら、アファメーションという言葉を最初に知ったのがTV番組で、それは宝地図(ボードに自分の欲しいものの写真を貼る)だったからだ。
そして、それで成功した著名な社長たちを3人くらい別の番組で観た。
だから、僕の家でも貼ってあるよ♪
最近は、あとはタイミング待ちという気がするんだ。
そういうサインってあるよね?
確実に前に進んでいる。

即実現させなかったのは、そのタイミングじゃなかったから。危険を伴ってしまうから。
例えば、宝くじを当てたら不幸になったっていう人もいるよね?
それは意識レベルが原因だ。意識レベルというか「認識」かな。
必要レベルの認識に至るまで現象化をSTOPさせてる。
でも、必要な人、もの、すべてが揃うプロセスにいる。

ありがとう♪
 


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2015年9月12日土曜日

片手落ち

以下の投稿は9/8(火)朝にFACEBOOKに投稿したものですが、こちらにもコピペしておきます。


自称覚醒者系に多く見られる伝染病みたいなものだよね。
僕はそれを片手落ちと呼んでいるけど。
偏りがあるんだ。そういう人たちには特定の香りを感じる。

片手落ちなのは、
トライアード(魂)とダイアード(身体感覚意識)のバランス。
内と外のバランス。


まあ、トライアードについてだけを述べていても、観る側にしてみれば短期集中講座みたいな感じで、そこで学んで体験して腑に落ちて次へ進むんだろうけど、留まっちゃう人が多いのかもしれない。心地よいからだな。
もちろん、結局は自分次第だ。


表現方法は違うけれども、言ってることは同じってのは、ちょくちょく見かける。
これ、投稿した後でも、2−3見かけた。FBやツイッターで。

 ありがとう♪


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2015年8月15日土曜日

ステレオタイプに決めつけるのはお勧めしない

タバコは悪だ!的なことを書かれているのを見かけたので、ちょっと僕なりの考えを書こうと思います。

僕は20年くらい煙草を吸ってた時期がありました。吸わなくなってからは5-6年です。それで健康になったかどうかは分かりません。

吸わなくなったのはキッカケがあったからです。病院で検査する必要があって(これは喫煙とは無関係です)、そのために検査の1週間前から禁煙が必要と看護師さんに言われたのです。
ただ、ネットでその検査のことを調べると禁煙の必要性を書かれているサイトはありませんでした。看護師さんの個人的な意見だったのかも知れませんが、宇宙の采配であったとも言えるでしょう。とにかく、それがキッカケで、検査後もそのまま吸わなくなったのです。

例えば、満たされていない何かを一時的に満たすかのように喫煙する人も確かに多いかも知れません。
ただ、そのように限定してしまうのはどうかと思いました。

じゃあ、自分は何故、以前は喫煙していたのか?
そういう部分もありましたね、確かに。
ただ、それよりも、煙草を吸うことで「閃きが湧いてくる」「落ち着く」といった効果があって吸ってました。
だから、仕事でアイデアが欲しい時など、とても有効でした。
作曲をする時も閃きが出やすかった。

シャーマンなんかも煙草を吸ってますよね?
あの人たちは満たされていない何かを一時的に満たすために吸ってるわけではないですよね?
彼らは彼らで瞑想状態に入るとか宇宙と繋がりやすくするとか、そういう目的だと思うんですよね。

ただ、世に出ている煙草は、農薬を駆使して生産されているのが殆どなのではないでしょうか?
オーガニックの煙草もあります。
昔、エハンさんが一般的な煙草について「フィルターに何か問題があるんじゃないか」的なことを言ってたことを思い出しました。
それもあってか、エハンさんは基本的に巻き煙草でした。

ですから、一概に煙草を絶対的な悪であるかのようにミスリードするのは、それはどうなのかな?と思ったわけです。

僕は煙草をもう吸いません。今後も吸うことは無いと思います。
よく考えたら、もともと体に合わず、受動喫煙で頻繁に頭痛がしてたんです。
それが社会に出る際に、このままじゃ仕事にならんぞと思い、毒を食らわば皿までということで、自ら喫煙することで慣らしたわけです。

でも、もうそういう環境下にいませんから、その必要もなくなったわけですね。
(もっとも、そういう環境になったから吸わなくなったというよりも、そういう意識になったから、そういう環境になった、という言い方がシックリきますね)

何でもそうですが、ステレオタイプに右か左か善か悪かと決めつけるのは、僕はお勧めしません。どう考えても、そこには構造的に対立が在りますよね。まさに二元性という掌の上で遊んでいる状態。
分かっていて遊んでいるのと、何も気づかずに遊んでいるのとでは、根本的に異なりますよね。

後者は例えば「そんな悲惨な現実は創らないぞ!」と言っておきながら創っているのと同じなんですから。

ちなみにステレオタイプとは「判で押したように多くの人に浸透している先入観、思い込み、認識、固定観念やレッテル、偏見、差別などの類型・紋切型の観念である。」(by wikipedia)です。

ということで、何でもかんでもステレオタイプに決めつけるのはお勧めしないということが言いたかったわけなんですが、宇宙から見ると実はどっちでもいいんですよね
何故なら、その人にとってはベストな旅の過程にあるわけですから、その体験を通して、気づいていく、知っていくわけです。
それを外野からあーだこーだ言うのもどうかと思うのも一つの側面としてあります。
もちろん、そこに僕のハートの衝動があれば、あーだこーだ言いますけどね!
結局は、言おうが言うまいが、それは宇宙のシナリオ通りというわけですね。

しかし、シナリオを超えたハートの衝動があっても良いと思います。
それこそが大事なのだと。
宇宙が体験したかったことなのだと。

ただ、宇宙への100%の信頼があると、何も言わなくなっちゃいますよねw

宇宙はシナリオにない予想しえない出来事が起こるのを楽しみにしていると思うんですよね。
それを起こせるのはダイアード(身体感覚意識)であり、それをサポートするのはトライアード(魂)であり、それらの統合の先に、さらにシナリオを超えた宇宙が喜び驚く何かがあるんだと思ってます。
単純に空意識に戻るっていう話ではないと。。。

故郷の星に戻るって話もありましたね。
戻ってどうするんだ?って話ですけどね。
目的があってウォークインした存在は、戻って目的を果たすことはあるとは思いますが、それはまだ先なんだと思いますね。だってタイミング的に中途半端でしょうし。

ちなみにゲリー・ボーネルさんによると、魂が最初に転生した星を、魂は故郷だと認識するそうです。錯覚するってことでしょうね。時空を超えているのに「最初」って?って思いますけど、そのへんは理解が難しいフラクタルな構造があるのでしょう。


ありがとう♪

















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